岐阜地方裁判所 昭和29年(ヨ)104号 決定 1954年8月27日
申請人 近江絹糸紡績労働組合大垣支部
被申請人 近江絹糸紡績株式会社
主文
債権者が債務者に対して有する前記の債権の執行を保全する為前記請求金額にみつるまで債務者所有の有体動産は之を仮に差押える。
債務者が前記の債権額を供託するときは此の決定の執行の停止又は其の執行処分の取消を求めることができる。
(注、保証金七拾万円)
(裁判官 奧村義雄 小淵連 佐々木史朗)
【参考資料一】
仮差押命令申請書
債権者 近江絹糸紡績労働組合大垣支部
債務者 近江絹糸紡績株式会社
有体動産仮差押命令申請事件
訴訟物の価格金四百十二万二百六十八円也
貼用印紙額 金百円也
請求金額
一 金四百十二万二百六十八円也 損害賠償金
申請の理由
一、債務者会社は大阪に本社を有し大垣外六ケ所に工場をもつ絹糸紡績等を業とする会社で、債権者組合は右会社大垣工場の従業員三千二百名位の中約千九百名位を以て組織する労働組合である。
債務者会社が劣悪なる労働条件封建的労務管理をなしていたことは周知の事であるが、そのため債務者会社の大阪本社に於て昭和二十九年六月二日従前の労務統制による御用組合に反対してけつ起した従業員が近江絹糸紡績労働組合を結成し、争議に入つたのを契機として同会社大垣工場に於ても同月十日右労働組合大垣支部を結成し、封建的労務管理に反対して同日争議に入り現在に及んでいる。
二、ところが債務者会社大垣工場に於ては同月十五日「給料支払について」なるビラを債務者会社が配付した。
その内容は六月二十日現在にて所属御用組合並に債権者組合とによつて区別をして給料の支払をすると言うのであるが、即ち第一組合員(未組織労働者)には全額支給し、債権者組合に所属する組合員に対しては同月十日より支給停止と言う事を趣旨としている。
而して同月二十九日その内容に従つて所属御用組合やその他未組織従業員に対し、前記内容の給料の名目で五月二十一日から六月二十日までの給料全額の金員の交付をなしたが、債権者組合に所属する従業員には五月二十一日より六月九日分まで支払い残余の六月十日より六月二十日までの争議中の期間の分に対しては、一銭の金員も支払われなかつた。
本来ストライキは法律で保障された労働者の権利行使であるから使用者にとつては止むを得ざる悪として一種の不可抗力とみるべく、ノーワーク・ノーペイの原則によれば賃金給付の請求権は労働者になく、この点全工場作業停止の場合は争議不参加者(即ち労務提供による会社の受領遅滞たると否とを問わず)に対しても同様の取扱をうけ何等賃金支払いの必要なきところである。
尚これを休業手当と視るも、労働基準法二十六条に徴し明らかな如く、前記六月十日より六月二十日までの分は使用者たる会社において支払わるべきものでない。
特に債務者会社は債権者組合のスト突入に対抗するため工場閉鎖の挙に出でおる旨主張しおるにより、この事はより一層の理由で裏付けられ得るところである。
この事は同じく就労していない労働者の中で自主的民主的債権者組合に加入し争議をしているものと、然らざるものとを区別し、会社の封建的労務管理に反対して正当な組合活動たる組合の結成加入並びにストライキをやつている労働者に対して不利益な取扱いをなしたもので差別待遇として、右は労働組合法第七条第一号に違反する不当労働行為である。
特に前記「給料支払について」なるビラを一見すれば明らかな如く殊更中立派なる部類を設け之に対しては六月十日よりスト中半額を支給し又申請人組合脱退者に対しては脱退の日から全額支給する旨の記載に徴し、余りにも露骨なる不当労働行為たることを表明している。
三、右不当労働行為に因り債権者組合の組合員中には会社の右の如き金員の給与を羨望し自己も同様の恩恵に預りたき欲求にかられ或は組合の脱退を申出で動搖するものも生じ、債権者組合の未組織労働者(いわゆる第一組合員)に対する組合加入勧誘の活動は著しく阻害されることとなつた。これらは憲法第二十八条に規定する労働者の団結権並びに団体行動権に対する権利侵害であり、このために債権者組合の蒙つた損害は図り知れないものがあるが、少くとも会社のこの行為に因り申請人組合は会社が右未組織労働者(第一組合員)に支払いたる給料相当額をその組合員に支払わなければ団結を保持すること能わず、結局申請人組合に組織されている従業員に大垣工場の未組織労働者(第一組合員)に支払われたと同率同等の金員を支払うに足る同額の損害を蒙つたことだけは間違いない。
右損害金の総額は別表計算表の通り合計金四百十二万二百六十八円となる。
四、債権者は債務者に対しこの金員の支払を求める損害賠償請求の本訴を提起せんと目下準備中であるが、債務者会社は現在全工場に争議発生し生産及び預金は激減し争議弾圧に莫大の費用を投下しており固定資産たる工場機械等工場財団その他不動産も担保に入つているから差押えるべき財産としては、生産物たる綿糸布の製品等であるが之とても不日他に売却する虞れ充分あり、社長夏川嘉久次は団体交渉を拒否して右損害金の要求を迫るに由なく本訴の確定をまつては之が債権の保全をなすこと能わず。
仍つて茲に前記債務者会社の有体動産に対し仮差押命令の申請をなす次第である。
疎明方法<省略>
添付書類<省略>
昭和二十九年七月六日
右訴訟代理人弁護士 土田光保 外一名
岐阜地方裁判所民事部 御中
<別表省略>
【参考資料二】
請求金額並びに申請の理由変更申立書
債権者 近江絹糸紡績労働組合大垣支部
債務者 近江絹糸紡績株式会社
右当事者間の御庁昭和二十九年(ヨ)第一〇四号有体動産仮差押命令申請事件について債権者は請求金額並びに申請の理由を左の如く変更する。
請求金額
一、金参百拾九万四千円也 損害賠償金
申請の理由
前記の如く請求金額を変更した理由は左の通りである。
別表計算表の通り第一組合所属の従業員に対し昭和二十九年五月二十一日から六月二十日迄の給料全額と同等同率の金員を第二組合所属の従業員に支払いたらんにはこれに要する金員総額を本件損害金と見積りこれを要求したのであるが而して本件不当労働行為による給料名儀の支払金は他の条件を同一とすれば当然右支払い賃金と同等同率の金員をもつてすべきが理論上当然なるも現実には多少控え目に左の如く支払をなし脱落を辛うじて防止し得たのでかかる現実の支払損害金をもつて請求に及ぶことが最も堅実にして且穩当であると信ずるに依る。
而して現実に支払いたる金員は、
第一回分
昭和二十九年六月二十五日男子従業員六百十一名に対し金千円宛女子従業員千百二十二名に対し各五百円宛
右合計金壹百拾七万弍千円
第二回分
同年七月十五日男子従業員六十三名女子従業員二十五名第一回分と同様男子には各金千円女子には各金五百円
右合計金七万五千円(注、第二回分は第一回分支払のとき不在であつた従業員に対するものである。)
第三回分
同年七月二十三日全組合員に男子女子とも各金千円宛男女とも千九百四十七名
合計金百九拾四万七千円
以上三回分支払総額金参百拾九万四千五百円となることは計数上明かなるところにして結局右金員は現実に蒙りたる債務者会社の不当労働行為に因る債権者組合の団結権侵害の損害金であつてこれが金員を支払わざれば団結を保持すること能わず然らば右団結権侵害の損害賠償請求権は右現実に支払いたる損害金をもつて少くとも請求金額となすべきが条理上当然の計数的数額といわねばならない。
疎明方法<省略>
昭和二十九年七月二十六日
右債権者代理人弁護士 土田光保 外一名
岐阜地方裁判所民事部 御中
<別表省略>